ナスの花

盆が来たてがんね 茄子の皮の雑炊だ~ あんまてっこう盛りで 鼻の先やいた~ (新津松阪)

※お盆が来たと言うのに、茄子の皮の雑炊だ。あまりの大盛りにしたら鼻のてっぺんを火傷した。(現代語訳) この文句は小戸、大鹿、子成場などに伝わる「櫓櫂節(ろかいぶし)」にもみられます。さらに新潟県立図書館の調査によると県内では新潟甚句、新崎甚句、巻甚句(新潟市)三条おけさ(三条市)塩沢甚句、よいやさ甚句(南魚沼市)などでも同じ文句が使われているとのこと。伝承に何か秘密があるものか・・・

「親の意見と茄子の花 千に一つに無駄がない」
茄子は花が咲けば必ず実を結び収穫に繋がるとされることから生まれたことわざ・・・
さて、ナスに果たして無駄がないのか?牧野博士によると「ウリに無駄花(雄花)があるのは誰でもよく知っている事実で、何の疑いもおこらぬが、ナスにそれがあるとはふつうの人々には気がつくまい。しかし注意深い学者になると・・・」人並みに無駄はあるらしい。
そこで「親の意見となすびの花は 十に一つの無駄もある」でどうだ(牧野富太郎)