66.東島 八幡宮

東島八幡宮は、JR古津駅(信越本線)の東北1Kmに南向きに鎮座している。 「神社明細帳」に「中蒲原郡東島村字大坪 無格社 八幡宮」とある。加筆訂正では「中蒲原郡津島村大字東島字大坪 無格社 八幡宮」となる。

創立の時期は不明であるが、下記の逸話から江戸時代初めころの創建と思われる。
この神社の由緒を書いた文章が有ったので、下記に紹介して置く
「祭神:第十五代応神天皇黄金像寸余(八幡大神源氏守護神)
創立年代不詳なるも伝うる所に依れば御神像は源義家前九年後三年の両役に出陣の際兜に納め奉りしもので後、義家の弟義綱これをうけ子孫に伝えたという。義綱は故あって佐渡に追放、そのためか、佐渡・越後方面に子孫が散財した。その後、元和元年(1615年)六月近江国姉川において戦死した朝倉義景の臣真柄十郎左衛門の子孫北越に来住し開拓に従事中ふとこの黄金像を授かり、これを妙蓮寺に安置(1670年)せしも後、八幡山に一社を創建して東島の鎮守としたものだという。明治四十三年神明宮、十二社を合祀、現在に至る。平成二十六年四月、新潟市民文化遺産に認定される。」

誉田別尊を祭る旧東島村の産土神である。祭日は、四月十九日、八月の最終土・日曜日(十月十五日)である。
天保14年(1843年)に改築された拝殿内には安政年間の扁額、玉泉作の天井絵があり、東島の歴史、または文化性が象徴されています。
この神社は320号線・新津小須戸線の東島信号から東に入り約300m、左側に鎮座しています。鬱蒼とした杜の中、斜面に建つこの神社は、神の坐する場所にピッタリの、清浄な雰囲気が感じられます。

拝殿の裏の斜面を登るとコンクリート造の本殿覆屋がある。この中に誉田別命の神像が納められているのか?

手水舎があります。

【神楽殿】
かなり立派な神楽殿が有ります。神楽殿での舞や宮のぼりの様子を納めたものが有るので、一番最後に添付して置きました。

【境内社、道祖神】
明治四十年に村内の字平林の神明宮(天照皇大神)と字城ケ平の十二神社(大山祇命)を合併した。完全に合併されており、境内社は存在していない。
道祖神の石が有り、「道祖神とは路傍の神である。村内の中心、村外の境界や道の辻、三叉路などに石像の形で祀られる神である。村の守り神、子孫繁栄、近世では旅や交通安全の神として信仰されている。」と解説が有ります。

【令和天皇記念植樹】
令和天皇陛下記念植樹が植えられえていた。

【平成東月庵】
平成当月庵という名称で東島の若い人たち(八幡奇兵隊)が作ったと思われる庵が作られて居ます。写真全体を見て、気づかれたと思いますが、管理している人の思い入れは相当なものを感じますが、もう少し神聖な清楚な感じの場所であって欲しい様な気がしました。

【神楽殿での御神楽と宮のぼり神楽の様子】
神楽殿での御神楽の記録が有るので紹介して置きます。(byムーミンパパ)

宮のぼりの神楽の様子

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