12 「銅鐸」-新潟市新津美術館前 2000年作品

フランスブルターニュ産赤御影石でできています。
作品は1999年~2000年に作られたものですが、新潟市新津美術館に設置されたのは、美術館で2018年1月27日(土)~3月11日(日)に開催された「パリに生きる新潟の作家たち」の出品作品のひとつとして設置・公開され、そのまま新津美術館に寄贈されたと記録があります。
新津美術館の駐車場から美術館に向かって歩いて行くと、この作品はあります。写真の様に新津美術館入口から見える位置にあります。新津美術館は、色々な催事で何度も行ってるので、目にしている筈なんですが、原田氏の作品とは、気づきませんでした。「銅鐸」には、作者名などが書いて有るプレートが見当たりません。若干今までの作品と作風が違うので、気づかない人が多いかもしれません。しかし、力作で有ることは間違いありません。
ちなみに、「銅鐸」というものにこの地域は、あまりなじみが無いと思って調べて見たら下記の通りでした。
銅鐸は弥生時代に作られた釣鐘型の青銅器で、主に農作を祈願する祭祀で使われた祭器です。内部に吊るした舌(ぜつ)を振動させたり、外部からの打撃によって音を鳴らしたと考えられています。近畿地方を中心に、中国・四国・東海地方に広く分布しています。
原田氏が1983年に香川県の小豆島で活動した時に影響を受けたものと想定されます。


写真集にこの銅鐸は、他の作品と一緒に掲載されていますが、その解説の前後にあった写真集を作った息子さんとの問答を載せて置きます。
>私は幾つかのあなたの作品に対して、疑問を持っています。流れるような空想的風景の世界を気持ちよく散歩していると、突然、警告なしに原石の切り口にぶち当たります。いきなり私は現実の世界に逆戻りしてしまうのです。
「私の想像する風景は、作品の外側まで続いています。私が表現するものは、想像するものの一つの断片にすぎないこともしばしばあります。私が断片として切るならば、見る人は私の彫刻が侵入した彼ら自身の空間を感じ取ることが出来ると考えるからです」
写真集の巻末に原田氏の歴史が掲載されています。この銅鐸が2000年に作られているので、調べてみました。2000年の項目に凄いのを見つけてしまいました。
2000年5月25日~開催、オランダ・日本友好記念400年記念行事に19点の彫刻を展示、天皇陛下、皇后陛下(2000年ですから平成天皇、皇后)、ベアトリック女王などの案内役をやったようです。前に天皇陛下、皇后陛下の案内役をやったと聞いてはいましたが、どの場所でやったのかは、初めて知りました。
文責 赤塚 陽一
