文学博士・吉田東伍

「よしだ とうご」元治元年(1864)~大正7年(1918)  明治期、不朽の大辞書「大日本地名辞書」をたったひとりで編纂しました。上京し、新聞社などで活躍、市島春城に認められ早稲田大学に迎えられました。地名辞書はじめ「日韓古史断」「世阿弥十六部集」「利根治水論考」など大きな仕事をまとめあげ、更に最近では「貞観十一年 陸奥府城の振動洪溢」が災害への警鐘として注目されています。

※吉田千秋の父親。生家のある阿賀野市には博物館があります。

叔父の「石黒忠三郎」が大鹿の自宅敷地内に開校した大鹿校(現在の小合東小学校)へ教員として招かれ、同地の吉田耕次郞(初代小合村村長)の娘「カツミ」と結婚しました。(吉田東伍記念博物館所蔵)

東伍が小鹿尋常小学校(現在の小合東小学校)に贈った地名辞書と小合村村長(石黒弘二:実の兄)からの感謝状

秋葉山にある、正法寺墓地に隣接する吉田家墓所に墓碑がある・・・

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