50.浦興野 神明宮
浦興野神明宮は、JR信越本線新津駅の西4.0Kmに北向きに鎮座している。「神社明細帳」(明治16年)に「中蒲原郡小戸新田字浦興野新田内浦興野字畑付 無格社 神明宮」とある。加筆訂正では「中蒲原郡小梅村大字小戸新田内浦興野字畑付 無格社 神明宮」となる。祭神は大日孁貴尊である。祭日は、五月二日、八月二十二日・二十三日(四月三日、九月十六日)である。

慶安元年(1648年)、この地の開墾の祭に創立しました。天保元年(1830年)に再建されて居ます。屋根の形が独特の社殿です。左側に公民館が建っています。浦興野神明宮のある道をまっすぐ行くと梅ノ木に通じている。その間に現在は村落が有るが、神社らしきものは存在しない。可なり離れている感じがする。神社が在ったような感じもするが神社明細帳からは解らない。

この神社には、次の言い伝えがある。
「この神明宮は昔から宵宮と言われて、毎年八月十日にお祀りをしていました。ある年、洪水の為に稲が殆ど全滅してしまいました。そこで、お宮様へのお供えは、くずの米で作った「こうせん」しか上げられませんでした。その後も不作が続き、「こうせん」しかお供えできず、いつしかお祭りには「こうせん」をお供えするのが習わしと成りました。ある大飢饉の年、村人たちは相談し、お祭りを休むことにしました。すると夜中に大嵐が有り、お宮の大杉に雷が落ちました。村人たちは、きっと神様のお怒りのせいに違いないと考え、それからというものは、盛大におまつりをやりました」
拝殿には、神明宮の額が掲げられて居る。本殿は、拝殿と一体型で拝殿から飛び出した形のものである。


手水舎が有ります。

【御即位記念樹】
神社に向かって右側に御即位記念植樹が有るが、古さから恐らく昭和天皇のものと思われる。(byムーミンパパ)
