64.中村 那加武良神社

「中村の那加武良(なかむら)神社」とひっかけて居るのか?少しダジャレのような気がします。良くぞ考えたと思うし、こういった名前で神社庁に登録しようと思った先人に大拍手です。地図表記は白山神社となっていますが、新潟県神社庁に那加武良神社で登録されています。従って、那加武良神社の名前は、全国で1社しか有りません。

中村の那加武良神社は、JR古津駅(信越本線)の北北東1Kmに西向きに鎮座している。元来は諏訪神社で,「神社明細帳」(明治十六年)に「中蒲原郡中村字蓑輪 無格社 諏訪神社」とある。加筆訂正では「中蒲原郡中津村大字中村字蓑輪 無格社 諏訪神社」となる。中村の産土神であるが創立年月は不詳。祭神は健御名方命である。祭日は、四月九日、八月二十六日・二十七日、(四月八日、十月八日)である。 明治四十年(1907年)に那加武良神社(白山神社)に改め、現在も那加武良神社と称している。

公安元年(1278年)に社殿を修復する際に下記の桜清水の伝説があるので、創建は不明ですが、神社はそれ以前に創立されたことに成ります。何となく特別の雰囲気を感じる場所で、神社の周りを見て回った所、蛇と間違える様な木の根っこが有ったりしました。写真に撮って置けば良かったと思って居ます。拝殿には、いかにも古く趣の有りそうな那加武良神社の額が掲げられて居ます。那加武良神社と称したのは、明治以降の筈なので、ここまで額を古びた形で用意する必要は無いと思うのですが、相当、凝っています。また、拝殿の彫り物は、凄く立派です。

かつて境内には,本社のほかに,稲荷神社(倉稲魂命),道祖神社(八衢比古神,久那戸神,八衢比賣神),琴平神社(大物主命),北辰神社(天御中主大命)の四社が祭られていました。いずれも由緒不明です。明治四十年(1907)に,諏訪神社の境内社四社および字澤沢の神明宮(天照皇大神,豊受比賣命)と字沢海の白山神社(伊邪那美尊),それに白山神社境内にあった十二神社(大山祇命)を合併し,社号を那加武良神社(白山神社)に改めました。白山神社の石碑も境内には残されています。現在、境内社は本殿に合祀されて、境内に1社も残っていません。

拝殿と本殿は、廊下で繋がっており本殿は独立した建物になっています。

【桜清水】
神社の左隣に新潟県指定の遺跡として桜清水がある。「この清水は、江戸時代の文献に広く紹介され、古くから名泉として知られて居ました。今でも尽きることなく、湧き続け、長い年月に渡って付近住民の生活を支え、道行く人々に潤いと憩いを与えて居ます。」と記載されている。
伝説では「昔、中村では飲み水に恵まれず、人々は大変不便な思いをしていました。ある年のこと、村のお宮が古くなったので、建て直す事に成りました。ところが、いよいよお宮を建て始めたら、壁土が足りなくなり、この場所の土を使うことに成りました。何人かで土を掘り、もっこで運んでは壁に塗りました。こうして、暫く掘り進めた時です。中から水が湧き出て来ました。しかも、飲んで見ると冷たくてとても美味しい水でした。村人たちはとても喜びました。そして、そばに桜の大木があった事から、「桜清水」と呼び、人々の大切な飲み水と成りました。」と記載されて居ます。(byムーミンパパ)

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