03 「風景」-新潟市立新津第二小学校-1994年制作

 インド産黒御影石(ベンガルブラック)で作られた作品です。作品は、第二小学校生徒・先生入口から左手の方向に行き、グランドの中に入った校舎側の所に、設置されてあります。構内になるので、許可を得た方が良いかもしれません。

 この作品が現在第二小学校に設置されているのを亡くなった原田氏は知りません。丁度、亡くなる数週間前くらいにふって湧いたように、移動の話が起こったのです。そして、許可を得て、移動作業を計画している最中に原田氏は亡くなりました。
 原田氏とは第五中学の同級生であった事は説明しました。同級会の時、幹事である私が「原田作品が卒業した第五中学に無いのは、本当に残念な話だ。何とか設置できるように動いて見たい」と発言し、行動したことから、第五中学に原田作品の設置ができました。(設置に至るまでの経緯については、次回第五中学の回で詳しく説明します)

 私は、第五中学の移設の作業の最中も設置記念発表会の最中も原田氏が進んだ第二小学校⇒第五中学⇒新津高校の中で、第二小学校への設置が決まっていない事を強調していました。また、満日小学校は2017年3月に閉校されており、原田作品は、埋もれた様な存在になっていることも話していました。
 五中への設置に参加したメンバーの中にいた原田氏と特に仲の良かった土田修平氏(草水在中)が、新津区役所のTOP層と知り合いだった事から行動してくれて、満日小学校から新津第二小学校への移転が急遽決まりました。2024年11月中旬頃の話です。原田氏の訃報が飛び込んできたのは、その頃でした。

 満日小学校にあった「風景」は、「㈱鈴木組」「㈱イシカワ」の2社が寄贈した物です。㈱イシカワは、皆さんテレビで知って居る「良質住宅のイシカワ」です。北海道から沖縄まで全国展開している社員数400人もいる㈱イシカワの本社は、大藏といって、満日の学区の中にあります。
 所有権者である新潟市に許可を得てあるので、問題はありませんが、寄付者のプレートも一緒に動かす事から、「㈱鈴木組」「㈱イシカワ」の2社にも承認を得て、移転作業が完了したのは、2024年12月20日です。あの世で原田氏も喜んでくれていると思います。

第二小学校に移転直後の「風景」の写真

 幸いなことに、第二小学校の現在の用務員さんが満日小学校に原田作品を設置した時の用務員さんで、設置後の芝生はりや養生を頼むことができました。現在は、最初に掲載されていた状態となっており、満日小学校に設置されていた頃よりも生き生きと学校の風景に溶け込んでいます。

文責 赤塚 陽一