04 「コンポジション」-新潟市立新津第五中学校 1972年作品

 作品は、道路から生徒・先生入口へ向かうと見えて来ます。芝生の中に台座があって、その上に重ねられてあります。作品名は、「構成」という日本語訳で、原田氏の承認を得ていますが、第五中学では英語表記のままなので、それを採用しています。

 2015年10月「同級会INフランス」と銘打って原田氏のいるフランスに同級会の仲間たちと旅行した後です。原田作品が新津の各地にある事を知って、なおかつ中学や小学校に設置されてある事を知ったのですが、肝心の「出身校である第五中学に原田作品が無いのは何故?」という疑問が起きて、私が行動したのがきっかけです。 即、当時の第五中学校校長先生に手紙を送り、折衝等がありましたが、出せるお金に限度があり頓挫していました。

 再び話が起こったのは、2023年夏の事です。神奈川県に住む原田氏のお姉さんが自宅にある原田作品を第五中学校に譲ってもいいとなりました。運搬を業者に依頼するため見積もったら、非常に高かったので、運搬できるトラックを新津の事業者から無料で借りて、同級生で運搬して設置する計画を組みました。

原田氏のお姉さんが住んでいる神奈川県の庭に設置されていた状態

 2023年秋に計画を第五中学側に投げかけ、高速料金とガソリン代等を出して頂けないかと話を持ち掛けたのです。第五中学側で、丁度、周年事業を計画しており、同窓会経費で出せる旨の連絡を頂いたのが、2024年春頃の事でした。その後、原田氏のお姉さんの家との打ち合わせ、同級生への連絡・学校との経費の打ち合わせ、トラックの手配、運転手の確保など数々の問題をクリアして、2024年8月23日に新潟⇒神奈川県を往復して、運搬を実施しました。翌日、第五中学に持ち込んだ時に、既に作品掲示の台座は、写真の通り出来ていました。

 最初の完成写真の通り、作品は重量100Kg以上の石が3段に重なったもので、耐震構造にするため鉄芯を通すなど学校の教頭先生が苦労して実現しました。資金提供は同窓会から、事業推進は第五中学の校長・教頭先生が中心と成って実現する事が出来ました。作品は10月29日には完成していましたが、完成セレモニーは12月16日に全校生徒に私の方で原田氏の説明を行い実施しました。この時には、原田氏は既に亡くなっていた訳です。

 この作品は、原田氏が多摩美術大学を卒業して、フランスに渡る前に作られた作品です。作品名はコンポジションです。「構成」という呼び名で本人から承認を得ていますが、第五中学のプレート名がコンポジションになっているのでそのまま表記します。パリに行きセーヌ川に帰りの切符を捨てた若い原田氏の闘志が漲っていた頃の作品です。ここで紹介している他の作品と作風が相当違います。日本の石で作られています。
 このパワーを秘めた彫刻に中学生が触れて、彼の漲るパワーを貰って世界にはばたっていく事を願っています。苦労して設置した我々同級生としては、夢いっぱいの中学生の後輩が原田作品に触れて、自分の志を成し遂げる力にして欲しいと願ってやみません。

文責 赤塚 陽一