原田哲男作品紹介 はじめに

原田哲夫氏と「写真集を編集した」セザール実 原田氏:tetuo haradaホームページより引用
(写真集については、紹介文章の中で登場する)

 原田哲男氏は、新津駅前や県立新津植物園にある彫刻の作者です。
 作品は、ヨーロッパを中心に各地にあり、作品の根底に流れているテーマは、世界平和です。原田氏は2024年11月24日17時にフランスで奥さんに看取られ亡くなりました。75歳の生涯です。生前のメッセージのやり取りの中に秋葉山の平和公園が彼の作品の原点であると漏らしていました。

 彼は、フランスに帰化していますので、フランス人として埋葬されました。世界遺産であるシャルトル大聖堂(パリから90Km近く離れている)で葬儀が行われています。パリから90Km近く離れていても、100名近くの人が参列して葬儀が行われていますので、地位のある人の葬儀として行われた事がわかります。

シャルトル大聖堂の中の様子                葬儀時の大聖堂の中です

 彼が亡くなって1年が過ぎて喪が明けたと考え、彼の数ある作品の中で、秋葉区に公開されている彫刻について、解説を加えて記録として残していきたいと思います。

 私と彼の関係をお話ししておきます。
 1965年に新津第五中学を卒業した同級生として親交があり、私が同級会の幹事をずっとやって来ました。中学時代は、そんな深い付き合いもなかったのですが、「冥途の土産 同級会 in フランス」を企画して、同級生数人でフランスへの旅行を実施してから、原田氏と頻繁に交流する様になりました。同級生で行ったフランス旅行の時は、彼は仕事を休み我々の案内役に徹してくれました。大変、お世話に成り原田氏にお返しをしたいと考えて、更に親交が深くなり、現在に至ってます。

【原田哲男氏 略歴】

まず、彼の略歴をご紹介します。
詳しくは、原田氏のHP内(https://tetsuoharada.com/biography/medium-jp.htm)を参照してください。

1949年8月25日 新潟県新潟市秋葉区(旧新津市)金沢町の原田鉄工所の次男として生誕。新津市立第二小学校⇒新津市立第五中学⇒新潟県立新津高校と進学して、五中時代は、仲間とビートルーズに憧れる少年でした。同級会では、昔の仲間と毎回ビートルーズ特集が歌われました。

1968年~1971年 多摩美術大学、彫刻科卒業

1972年 高田工業高校で教師

1973年2月 ヨーロッパ一人旅、帰りの航空券をセーヌ川に投げ込む。

1973年 パリとシャルトル近くの村の二カ所にアトリエを設ける。以降ヨーロッパを中心に彫刻の制作活動を開始する。
この頃、シャンゼリゼ通りの展示会で、後に奥さんと成るAnnieに出会う。後の同級会での話で、原田氏は出会って直ぐに遠方での仕事でパリを離れなけなければならなかったらしい。遠方からの手紙で、愛を育みゴールインに至ったとの話でした。同級会に連れて来たAnnieは、正にフランス人形そのものの様に綺麗でした。皆が羨ましがったのを覚えています。

1986年 パリ11区(パリの中心地に近い)にアトリエを買う。地主は、ユダヤ人で原田氏が今後とも平和を中心にした芸術活動を続けて行く事を条件に好条件で大きな建物と土地を売ってくれたようです。

1983~2012年 ヴェルサイユ建築大学助教授(ヴェルサイユ宮殿の前に有る国立の建築大学)⇒資格社会のフランスですから、国立大学の助教授として活動するには、試験があったはずです。(教育法典に定められて居る)

1996年 パリから90Km離れたフレーネという部落に制作作業を行う為のアトリエを購入(地区農協の跡地で、倉庫2棟と事務所と広大な土地のある場所)

2024年11月24日 他界 享年75歳

【原田哲男氏作品の考え方】

 原田作品の考え方に関しては、写真集(2004年刊行)とドキュメンタリー映画「Sculpting for Peace(平和を彫る)」(2023年)で紹介されているので、見て下さい。
 写真集は、新津図書館と新潟県立図書館に私の方で寄贈してあります。
 ドキュメンタリー映画は、1時間以上の長編力作です。中には、新津第二小学校で彼が指導して行った七夕祭りの作品紹介の場面があったりしますので、子供たちが映画の中に登場している場面があります。短いものが下記で見る事ができます。


【秋葉区にある原田作品の紹介の順番】

 新津駅からスタートして、新潟県立植物園で終了したいと思っています。紹介順番は以下の通りです。車などで作品を見て回る時に順路として良いと思われる順番にしてあります。個々の作品紹介で、実際の作品の設置場所などについての情報を記載するので、参考にしてください。許可を得れば見る事のできる作品だけを選びました。

文責 赤塚 陽一

番号設置場所作品名(日本語)制作年
01新津駅前東口広場地球を縫う-NUPALS-(四季)2006年冬
02新潟薬科大学 駅前東キャンパス地球を縫う-NUPALS-2017年春
03新潟市立新津第二小学校風景-Landscape-1994年
04新潟市立新津第五中学校Composition 1972年
05特別養護老人ホームはさぎの里共存-Multiplication-不明
06新潟市立新津第三小学校地球Ⅰ・地球Ⅱ不明
07ふれあい緑道の2か所
07-1新津車両製作所入口付近不明
07-2秋葉区役所信号付近発芽不明
08新津高校中庭(見学許可必要)火山-Volcano-1994年
09新潟薬科大学の下記3か所
09-1入口エントランス芝生の上生命-Proteger- 2004年
09-2中庭左手に見える誕生Ⅰ-Se reunir deuxicme element-2004年
09-3中庭右手奥の頂上付近誕生Ⅱ-Croissance,premier element-2004年
10普談寺の2か所
10-1普談寺駐車場の山側坂口三千代墓碑2003年
10-2普談寺家屋の中庭(見学許可必要)瞑想2003年
11新潟市立金津中学校 友情-Friendship-1995年
12新潟市新津美術館(入口付近)銅鐸-Dohotaku-2000年
13新潟県立植物園四季-Les quatre saisons-1998年
14金津山頂公園(幻の作品)⇒撤去されている
写真集43P、232P、233P掲載
心の歌

※新潟薬科大学は2027年に「新潟科学大学」と名称を変更する予定です。